狐原の、坪生盆地パノラマロード 開通

 伊勢丘から、広い道路を東陽台に向かい北へまっすぐ。坪生盆地に突き当たる辺りを、狐原地区と言い、地元では「清水山」と呼ぶ、標高70m位の小高い山である。
 平成25年12月26日、そこを断ち割るようにして建設された新道の開通式があった。新聞報道によると、直線600mほど、完成に20年間、総額3億円かけての到達とある。
 この道路、「県道76号線、神辺―大門線」と言い、伊勢丘方面から車で走って、左前方の「やなぎ酒店」を過ぎた辺りから、新道前方に坪生盆地の中央部がワーッと眼前に広がり、みごとなパノラマ展開なのである。
 もっとも、川原山、江戸野、坪生ニュータウンから坪生小学校への主要通学路と交差しており、登下校時には、防犯組合、スクールサポート有志、町内会役員など、様々なボランティアの人たちが、張り付き状態で見守っている。

町内会連合会会長に、纉c忠典さん

 地域の宝、集いの活力の要といえば、公民館であることに異議はあるまい。現在の公民館長は、緒方恵美子さん。公民館主事として掛谷里恵さんと西江里香さんが支えていらっしゃる。もう随分前から、市役所の出先機関として、午前中は市民課業務もされ、地区民の出入りはかなり多い。その坪生公民館に事務局を置く町内会連合会の会長に、纉c忠典さんが選出された。同氏は「つぼう郷土史研究会」の副会長であり、平成24年6月退職までは「エフピコ」の常勤監査役という、お堅い部署にいらっしゃった。ところがである。昨年夏まつりでの坪生小学校庭での盆踊りがきっかけとかで、坪生公民館講座に「坪生男シングチーム」を立ち上げたオッチャン達の中心にいたのが、この人である。
 お話を聞くと、現在は、メンバー8人、当然男ばかり。月2回の例会で、前半は柔軟体操のストレッチ、後半がダンシングとか。因みに、インストラクターは蔵王町からいらっしゃる藤井朱実先生。そういえばタダスケさん、カラオケの終わった郷土史会の懇親会の締めは、ワルツ・タンゴのリズムに乗せて、女性をクルクルと操っていらっしゃる。硬軟併せ持つ、表現力豊かな新会長に、期待大である。

「坪生町のうしとらさん」  NHKテレビに登場

 平成26年3月16日朝、NHKTVのニュース画面に、前日の有感地震を伝える場面で、いきなり「福山市坪生町のうしとらさんでは」と紹介され、石の鳥居が倒壊したあと、急遽集まった氏子のみなさん20人ばかりが、元通りに立ち上げている情景が映し出された。最後に、氏子代表をおつとめの金尾薫さんが登場、「鳥居が倒れただけで済んで、よかったです」と話される、ほっとした表情が印象的であった。

多彩な精鋭、8人を迎える。

 つぼう郷土史研究会は新年度、八人の新入会員を迎え、現在正会員六十一人に。迎えた八人は、それぞれが、その道を懸命に生き抜いたベテラン揃い。多彩な経験を、人生観を発揮して下さるに違いない。
  松浦 治伸さん  (井ノ木)
  纉c 芳男さん  (青木)
  纉c 拓弥さん  (峠)
  渡邊 直文さん  (大塚)
  掛谷  進さん  (東池)
  柿原 義徳さん  (西池)
  掛谷 繁昭さん  (狐原)
  神原  恵さん  (狐原)

「坪生盆地、癒しのパワースポット部門」に「妙味・妙音」登場

 つぼう郷土史研究会のホームページは、「つぼう」と入力していただければ、すぐさま現れることは、ご存じだろうか。最新の更新でこだわったのが、「妙味・妙音」部門である。
 「味」では、神森神社大みそかの雑煮接待。それも1500人の行列というのが凄い。そして、お盆明け、西楽寺灯ろう祭の屋台群。約10種の屋台でのもてなしである。
 さらに、こちらは毎週火・金の夕暮れ市の「産直の味」。
 「音」では、西楽寺の明け六つ、暮れ六つ。これも、もう35年の歩みを重ねている。

掛谷常雄さんを、送る

 七代目会長だった掛谷常雄さんを、とうとう送ることになった。平成26年1月7日、享年83歳。
訃報17前の12月20日、市民病院へのお見舞いの折には、目ヂカラもあり声にもハリがあった。
 「常雄さん、ノリマサさんと仲良くしてよ」と握った掌には、「おとこが涙なんか見せるもんじゃにゃーで」と、戸惑いと拒否反応が感じられた。「仁五の跡取りは、アイツしか居らん。せぇがなんでわからんのかのー。ヨメにはよう言うとるんじゃが」。その時もあなたはそうおっしゃったが、これまでの不用意な一言二言が、跡取りのプライドをどれほど傷つけてきたか。
 それからの17日間は、他人が入り込めない、和解のための貴重な日々だったに違いない。
    (内藤快範)