神原孝已さん、市議会副議長に。  祝賀会に330人が詰めかける

 平成27年5月31日昼前の、福山ニューキャッスルホテルの3階「光耀の間」周辺は、来賓・参加者330人で沸き返っていた。
 この日は、午前11時30分開始で、『神原孝已氏、副議長就任祝賀会』が開かれたのである。神原孝已さんは、平成12年4月初当選以来の4期目。声量もでかく、元気バリバリ。年齢不詳に見えるが、実は、現職市議の中では最年長の満75歳。『副議長』の声が漏れ聞こえると、坪生盆地では早速、この日に向けて発起人会が動き出した。
  全出席者330人の三分の一を占めた110人が坪生からは、りっぱ。春日、引野、大津野、そして市役所、消防局、消防団関係など多岐にわたった。受付、案内、司会進行など主要なポイントには、必ず坪生の顔(連合町内会の役員)が配置されている。因って、当日の総合責任者は纉c忠典さん。事前のレクチャーはもちろん、「当日は、午前10時集合」だったのである。

『坪生ふるさと館』が坪生小学校に出現

 平成26年10月5日付中国新聞は、福山版トップ5段抜きで、「郷土愛育む校内資料室一新」との大見出しで、坪生小学校2階にリニューアルオープンした『坪生ふるさつ館』を紹介した。
 11月16日に迫っているふれ愛フェスティバルでの、一般公開直前の準備の様子を取材したもの。「昔の道具を手に取って、歴史を感じてもらいたい」との締めくくりの掛谷典人会長談話が、重々しい。
 ふれ愛フェスティバルの後、ふるさと館入り口のドアに、以下の文章を貼り出している。
 「坪生ふるさと館へ、ようこそ。」
 第30回地域づくり総務大臣団体表彰を受賞しましたつぼう郷土史研究会では、坪生小学校との総合学習の取り組みが、全国的に評価された点に鑑み、これまで本館4階西端の教室をお借りして諸資料を収蔵していました郷土資料室から、当館に移設、地域づくり活動のセンターとして活用していくことが実現しました。本館正面2階という、好立地の教室をご都合いただいた坪生小学校のご厚意に、感謝いたしております。 当館は、施錠せず、開放を原則とし、展示物、書籍も、手に取って観察吟味していただくことを旨としております。
 当館ご利用の際は、もちろん坪生小学校の皆さんはご自由ですが、外部からのご来訪は、午後三時半から同五時までとしてくださるよう、お願いいたします。(以下、略)

屋久島から新潟に転身した光さんは、今。

 坪生町東池平の掛谷芳子さんの長女光(ひかり)さんは、平成24年4月から、新潟県上越市に位置する「NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部」に転身し、スタッフ8人と共に頑張っている。屋久島から転身して早3年目。上越市から委託を受けている『上越市桑取市民の森』は、標高333mと、そんなに高くはないが、上越市の水源の森として、重要な役割を果たしている。その責任者として、光さんは張り切っているのである。
 日常を尋ねると、「私の住まいは、海岸線に近い上越市直江津のアパートです。雪深い所ですので、事務所へはスタッドレスタイヤの四輪駆動車で20分ほどかかって通っています」とさらりとおっしゃる。ところが、NPO法人が活動対象とする『桑取谷』沿いの森林公園は、5mほどの雪が積もる豪雪地帯なので11月中旬〜4月末の間は閉鎖となる。そんなところで、雪掻き、古民家を利用してのカフェなどの地域振興などの活動が、日常なのである。
 坪生の実家のお母さんに聞くと、「あの子は、高校の時から、海外留学生を交換しているところを探すなど、変わってました。結局、オーストラリアの大学に留学したんですよ」と、こちらもスケールの大きい母ごころなのである。いや実はご本人、留学中の勉学の中で、環境保全先進国としてスイスの土木技術が、生き物にやさしい河川改修の工法として採用されていることなどに、気づいていらっしゃるに違いないと思えてきた。今後の成長発展が、楽しみである。

「ため池をきれいに」

 平成27年3月24日付山陽新聞は、川原山池の底ざらえ大掃除について、写真入り4段組みで報じた。何かと坪生学区の話題を取り上げてくれる、山陽新聞の森川進豪記者の署名記事がうれしい。
 1月から始まった護岸工事に伴い、水底から大量のごみが現れたことが発端。狐原町内会長の掛谷賢次さん(研究会会員)の呼びかけで、周辺4町内会から約60人が集まったという。
 この光景を短歌に詠んだ人がいた。「五十年底見ぬ池の水干され怪物のごとき自転車バイク」(福山・掛谷敏男) こちらは、中国新聞文芸欄(5/14掲載)の常連、研究会会員OB、伊勢丘在住である。
 この怪物ゴミには、後日談がある。泥まみれ、錆びつき腐食したゴミは、軽四4台分に及んだが、全量を廃棄埋め立てのつもりでいた主催者に対し、”ごみゼロ運動”の先駆者である森迫清之さん(研究会会員)から、ゴミの全量引き取りと全点洗浄、分別の申し出があり、事実、森迫さんがお一人で、怪物ゴミはもちろん、空き缶・空き瓶など洗浄・分類された。資源用分類は、軽四1車分に及んだという。

あの巫女さんは、今

 平成23年の新春、神森神社で巫女さんを務めてくれた美女二人(実は従姉妹)の、その後を聞いてみた。 狐原の掛谷繁昭・昌子さんの次女文香(ふみか)さんは、当時、日本赤十字岡山病院に勤めていらっしゃたが、その後、熊本市役所勤務の男性とご縁ができて、平成27年4月結婚。職場も、日赤熊本病院勤務に転身された。
 いとこで4歳下だった井ノ木の川高逸弥・茂子さんの長女麻美(あさみ)さん。平成26年3月、無事に東京大学法学部を卒業後、三井住友銀行に勤務。この1月には横浜支店に転勤、「横浜みなとエリア法人営業グループ」という部署に配属され、活躍されている様子である。

東光園ボランティア・グループ、厚生労働大臣賞を受賞

 坪生学区の東光園ボランティアグループ「福山コスモス会」が、平成26年7月、『厚生労働大臣』を受賞した。同グループ『福山コスモス会』(利光津麻子会長)は、32年前に設立以来、東光園ボランティアとして、清掃、話し合い、行事協力など、月1回の活動を継続してきた。グループのメンバーは現在12人。今回表彰は県内で2グループ。福山からの受賞は、16年ぶりという。
 会長の利光さんは、坪生学区の民生委員会長を務めて8年目という大ベテラン。5年前にご主人宏隆さん(JFE・OB)を亡くされたが、大事を乗り越えて、地域の星と輝いていらっしゃる。高齢者世帯の買い物支援なども編み出し、頼りにされる存在なのである。大分県豊後高田市のご出身

新入会員として、人生の達人8人を迎える。

   井堀 九州男さん   (峠)
   厨子 寿志さん    (青葉台)
   金尾 広士さん    (松崎)
   三好 康男さん    (ヤケザヤ)
   吉本 和子さん    (東池平)
   石崎  徹さん     (鶴丘
   平山 達郎さん    (ひばりヶ丘)
   伊藤 教恵さん    (鶴丘))

坪生発の『郷土歴史めぐりサイクリング』採用される。

 福山市市政施行100周年記念事業として、坪生発の『郷土歴史めぐりサイクリング』が、市民提案型イベントに採用された。発信元は、西池平の掛谷琢磨さん。故掛谷晃久さんの長男で、平成26年7月1日から、一人暮らしだった実家の母親(信子さん)と、奥さんの久美子さんと共に同居されるようになったばかり。『とんざこの掛谷さん』と屋号で呼んだ方が通りがいい。
 計画によると、平成27年の5月、7月、10月の3回に亘り、神辺〜坪生間を、ポイントを絞って走ろうという企画である。出発前の30分で参加者に対し、@モラルと、交通安全の徹底 A講師による20分スピーチにより趣旨の徹底などを図り、今年は神辺〜坪生に限定するが、来年以降は、新市、鞆方面にエリアを拡大する方針。
 主催団体名は、『福山ふるさと再考協議会』とし、発起人を含む団体構成員として、21人の名が連ねてある。団体所在地が「とんざこ」であり、代表者が掛谷琢磨さんというわけ。第1回の5/24(日)は、前夜の天候予測が雨だったため急遽中止(代替日、11/30)したが、「当日好天だったのが、口惜しい」と琢磨さん。3回目、10/25(日)神辺中央コミュニティセンター〜坪生の、スタート地点での講師は、内藤快範と交渉中。

総合学習指導、協力二人体制に

 坪生小学校の各学年が取り組む総合学習では、このところテーマがすっかり定着している。すなわち
  2年生  田植え、稲刈り、モチつき
  3年生  昔の暮らしの体験
  4年生  ため池学習
  5年生  春秋の野菜づくりと、販売
  6年生  史跡探訪、低学年にわかる看板の設置
 学校側との折衝役として掛谷泰彦副会長が全体を取り仕切り、各学年主任担当として一人ずつを配置してきたが、平成27年度からは、次のように各学年2人制を確立した。
  2年生 米づくり    松岡 敏晃    纉c 和夫
  3年生 昔の暮らし  吉本 員昌    片岡 幸子
  4年生 ため池     掛谷 典人    瀬良 浩三
  5年生 野菜づくり   今橋 昭司    纉c  定
  6年生 史跡探訪   福井 芳郎    門馬 省明

金尾富士子さん、中国新聞『読者の写真』で、見事!

 松崎在住・喫茶デラ経営者の金尾富士子さんは、もう何回も中国新聞に入選される写真愛好家としても知られているが、平成26年8月25日7月付『読者の写真』で見事3席に入選されている。鉢巻き姿の白装束の男性に横抱えにされた1歳位の乳児が、瀧に打たれている姿。題名の『初体験』が語るように、初めての体験、しかし父親にしっかり抱かれて恐怖感はない、そんな瞬間の表情を、見事にとらえた一枚である。
 「岡山足守の龍泉寺さんです。おみこし3基を清めた後に、人間がお清めを受けてるところです」と、うれしそうに話して下さった。お見事である。

通学路に、念願の信号機

 平成25年12月26日開通した、狐原の「県道76号線神辺〜大門線」のパノラマ展開のバイパス道路。通勤通学時の1時間で、車両千台、坪生小児童250人が利用する横断道路に、平成26年11月21日、念願の信号機が設置された。
 約1年をかけての要望であり、坪生小PTA、交通安全協会、防犯組合、町内会役員、スクールサポート有志など総出での見守りが、漸く大幅に軽減されるに違いない。
 突如、目の前に広がる坪生盆地のパノラマ展開。しかも下りの急坂とくる。時速制限40キロに慣れるには、白バイの出現がどれだけ役に立ったことか。

仁井の太師堂、蘇る

 「坪生たずね歩き」ガイドマップの12ページを開いていただくと、『仁井の太師堂』が表示されている。 平成24年改訂版発刊時点で、「堂宇は崩れ落ち、すっかり忘れられたよう」だった太師堂が、平成27年2月19日、見事に蘇った。地元仁井地区7軒の篤志家の奉仕によるという。半壊状態だった旧堂の棟札が残っていた。それによると、昭和48年、43戸の施主名が列記してあり、往時の人気を物語っている。にしても、全壊以前によくぞ蘇ったものである。
 弘法大師の測り知れないご加護を頂戴する方々は、纉c正弘、纉c吉雄、纉c哲司、森川和彦、
纉c和夫、永道仁志、それに新堂すぐお隣の小原さん。いずれも、真言宗檀徒ではないというのが、すごい。

ふるさと館に、ジオラマ登場

ふるさと館活性化のために、「毎月末の金曜日は、ふるさと館に顔を出そう」との呼びかけをして、つぼう郷土史研究会では3月に入って以降、小学校に足を向ける習慣付けを整えつつある。
 その一環として、『昭和ノスタルジア』と題する、畳1枚分大のジオラマ模型を3月末に持ち込んで、擬音付きの機関車を走らせて、いいおっさんが遊んでいる。
 ジオラマ模型は元々、フランスが発祥らしいが、風景描写だけの模型に、列車などの動的要素を加えたことから、男性向けとして人気を博している。全長10p、弱電で動く機関車は、狭い線路にきちんと乗せなければすぐ脱線する。そこで「引率・指導の方へ」と題して、ジオラマの動かし方を図面入りで貼り出した。是非、実際に動かしてみてほしい。そして、その技を児童に伝授してほしい。

ハート坪生店 6/16開店

 坪生駐在所とガソリンスタンド南側の三角地点、通称「二枚橋」と呼んでいるあたりに、中山牧場経営の大型スーパー『ハート』が、6月16日の開店に向け、急ピッチで工事が進んでいる。1.500坪という田んぼが見事に整地され、店舗と駐車場が配置される。用地は買い上げでなく借り上げで、対応しているという。今は、伊勢丘モールと呼ぶ一帯には、西側に百円ショップ「ダイソウ」、大型スーパー「ハローズ」、大型薬局「ウォンツ」、ホームセンター「ユーホー」がずらり。ユーホーの道路向かいには、平成26年11月27日、「エブリイ」が開店した。伊勢丘から坪生に向かう大通り、青葉台の「天満屋ハピータウン」1階に展開していた「ハート」は、この5月24日に撤退した。この後、天満屋ハピータウンの3階建て店舗は、ハローズが買収したとの報道に驚いたものである。
 中山畜産ハート坪生店が6/16以降、坪生盆地のクルマの流れをどう変えるか、消費者としての期待と、交通安全への多少の不安が入り混じった、この頃の坪生盆地である。

坪生盆地最大の碑は、200万べん真言念誦塔だった

 坪生町狐原の松岡家旧墓地に立つ真言念誦塔は、悠に2メートルを超える。地元の松岡英雄さんの話では、「松岡の元本家筋だった和惣治-和平治の親子二代が、江戸時代末期、先祖供養のために光明真言200万べんを唱えた記念碑と聞いている」とおっしゃる。メモを片手に現地を訪れた。
   奉唱光明真言二百萬遍為先祖累代自他同證無上菩提
 文久四年甲子年三月 願主 松岡和平治
                    松岡同家中
 文久四年は、1864年。あと4年で明治維新という年である。願主和平治さんの父和惣治さんは、坪生村全域を測量、字名、番地ごとに詳細に手書きながら書き記された「明治27年7月調製」の野取図末尾に、「製図者 纉c玉助、松岡和惣治」の名が見える。
 一斉測量が行われた際の、統括責任者だったのか、村長さんに並ぶ役職だったのか、測り知れない権威を感ずるのである。
 この野取原図は、30年程前、故掛谷常雄さんと共に旧浦上支所を訪ねた折に偶然発見、許可を得て一時借り出し全量コピー(約100切れ。)暫くして訪ねた時は、もう閲覧もきっぱりと断られた、という代物である。

纉c宣政・倫子さんのお孫さん 高校女子で全国大会へ

 このところの地方紙(中国、山陽新聞)は、各県の高校総体の種目別成績が満載である。ここを通過して県代表になると、8月の全国大会(インターハイ)への出場権を手にできるのである。
 坪生町峠(たわ)地区にお住いの、纉c宣政・倫子さんご夫婦の長女千景さんは、JFEバレー部選手として活躍された吉田隆雄さん(日体大出)と結婚、『石うす収集日本一通り』沿いに新居を建て、住んでいらっしゃる。宣政さんの長男猛さん(やはりJFEバレー部員として活躍)も、すぐ近く。この通りは、今、『バレーボール日本一育成通り』になろうという勢いである。
 事実、吉田隆雄・千景さん夫婦の長女京香さんは、長身175センチメートルの、オールラウンドプレーヤーとして注目されていた。この春、乞われて山口県防府市の私立誠英高校バレー部に。1年生でいきなりレギュラー入りし、チームは5/31の県大会優勝をなしとげ、全国大会(7/28〜8/1、大阪市でのインターハイ)出場を手中にされたわけである。まことに、誠におめでとう。

バレーボール日本一育成通り後日談

 坪生町峠の『石うす収集日本一通り』は、ヒノキの並木通りと共に、旧街道筋らしい景観で、坪生たずね歩きでも人気のポイントであったが、ここを6b幅という道路が貫通予定という。石うすは既に移動、ヒノキの並木も伐採予定とか。まさに『バレーボール日本一通り』に改称の好機か。
 実は、高1でいきなりレギュラー、インターハイ出場を実現した京香さん。父吉田隆雄さんは、福山市東部地区の少年バレーボールの最強チーム『誠クラブ女子』の監督を務めていらっしゃる。
 さらには、纉c宣政・倫子さんの次女理恵さんは、岡山就実高校バレー部の平成7年、国体とインターハイで二冠優勝。のち、実業団のマツダでも活躍された。
 まさに『バレーボール日本一育成通り』の素地は、随分前から準備されていた。
   (内藤快範)